吾唯知足

「意見が変わるのは成長の証、過則勿憚改」をモットーに、常時持論を二転三転させてます。そんな調子なので、話半分でユルく読んで下さる方のみご利用ください。あとから御苦情を頂いても「うるせえバカ」としかお答えのしようがありません。占術愛好家の思考の整理ブログ。※SNSからの直リンク一切お断り。

 密教の加持祈祷が面白い。こういう話はネットには殆ど出回らないだろうと思っていたが、案外祈祷をされる方があちこちで情報を発信されていて、それを追いまくっているが、まー興味深い。聖天とか荼枳尼天とか脳天大神とか全然知らんかった。と同時に、あらためて生半可な勉強や準備で手が出せるほど簡単な世界ではないと良く分かった。しょうがないので潜在意識の活用の考え方に戻って、その視点からこの界隈の世界観を理解する以外にないのかもしれないなと思っている。

 こないだオウムの幹部がまとめて処刑され、それから大雨洪水があって、大口病院の殺人犯が逮捕され、いろいろ考えさせられた。施餓鬼というのがあるけれども、自分はモノや場所にひとの念が残ることがあるのはほぼ間違いないと思っているので、施餓鬼の考え方を、到底絵空事とは思えなかった。陰謀論ではないけれども、世に起こる深刻な問題の何割かは、こういう良からぬ残留思念つまり餓鬼みたいなものが関わっているんじゃないかという気がしてならない。

 自分は引き寄せの法則の信者なので(その割にはブログに良からぬものばかり引き寄せているが!)、残留思念(=鬼)と感応した人がどういうことを引き寄せやすいかについて思うところがある。が、自然災害について、あるいはオウム現象について、犯人捜しみたいなことをしても仕方ない。いまこそ盛大に慰霊を、お祭りをやるべきではないかと思う。

 と同時に、国(というか国会議員ども)には、世に生き難さを感じて途方に暮れている人が沢山いるということについて、もう少し思いを馳せて貰えたらと思う。日本の人口がものすごい勢いで減少している理由も多分そのへんにある。目先の景気も大切ではないとは言わないけれども、そのために現代特有の生きにくさを緩和するどころかむしろ強化するようなことをしていると、いくら国威高揚を図っても、底の抜けたバケツで水を汲もうとする如きの愚を犯しかねない。畢竟、餓鬼はそういう生きにくさからワラワラと湧いてくるものではないのか。世に盗人の種は尽きまじ、ならぬ、世に餓鬼の種は尽きまじ。

良からぬものの発生をこのまま放置してると国が滅びますよ!

 だから昔から国は仏教だのお祭りだのに力を入れてきた訳で。現代国家もその辺もうすこし考えたほうがいいですよ絶対。

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 昔の飢餓とか戦乱とかも確かに酷いものだったと思うが、現代のは拗らせやすいという意味で、質が変わってきていると思う。この現代的な悲鳴にも施餓鬼で対応できるんならいいが、そうでない場合、どんどん世相が悪化していく、ということになりかねない。その点が正直心配だ。機会があったらその辺のことに一家言あるお坊さんに話を聞いてみたいところだ。

 SNSてのは面白い人が多いですねえ。

 ツイッター上の鳳洲という人、大岳易にあらずんば易にあらずという大岳易特有の傲慢さを体現したような人物で、ただ個人のブログで素人が大岳が嫌いだという意見を述べただけで真っ赤になっている。仰るとおり、そもそも自分如きと歴史ある岳門とでは格が違う。大岳は優れた易者・人格者なんだからつまらない批判など無視して泰然としていればよいのでは。まして自分如き小者を相手に真っ赤になっていると、傍目に見ている人から、なんだ大岳易とはその程度かと思われますよ。

(#拡散希望とか言ってますが、要するに加藤大岳の権威を笠にきて攻撃したいわけですか。おたくはそういうことを周易から学ばれたんでしょうな。さすが人を指して独学独学言うだけのことはある。大したものです)

 それから、おたくが恐らく問題にしているであろうテキストは昨日の時点で下書きにしてありますので、ご確認ください。私としてもそちらの大岳易を後世に残したいという志は尊重したいと思っておりますので。グーグル等にキャッシュが残っている分については自分の領分ではないので対応できません、悪しからず。それから今後一切大岳の悪口を言うなということでしたらそれは聞く筋合いがないので明確にお断りしておきますね。

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(落ち着いて喋れよオッサン、誤字だらけじゃねえか。何言ってるかわかんねえよ……)

 トランプ大統領は就任前から中国が貿易黒字を是正しなければ高い関税をかけると宣言していたが、とうとう貿易戦争に踏み切った。昨日だか一昨日だかに、中国の報復関税を受けてさらに22兆円分の中国製品のリストを公表したが、これらの動きを受けて日本の株式相場は乱高下している。どうなるかそろそろ占わないといかんと思って占ってみた。

 ちなみに自分の意見を言うと、アメリカはEUをはじめ多方面に喧嘩を売っていて、国際的に孤立しかねないのでは、だからそう強気に出続けられなくなるのでは、という感じ。が、専門家によるとこの政策はアメリカ国内の人気が高く、トランプにとっては鉄板ネタで、どう転んでも損はないとのこと。うーむ。

  年  月  日  時
  戊戌 己未 甲辰 癸酉
        空亡寅卯

  人元 乙   死
  貴神 癸酉  旺
  将神 壬申● 旺
  地分  亥  相

 アメリカ視点から。地分はサイコロを転がして取った。三陰一陽で旺の伝送が用爻になる。白虎と見れば凶だが伝送と見れば吉。官動があり、対外交渉は有利の暗示がある。ただ、八字を交えて未から亥の連茹が成り、報復合戦はまだまだ続く暗示がある。

 次比があって、競争と同時に相談事を暗示している。つまり表面では対立しているように見えても裏でちゃんと交渉をやっていそうだ。これが地分の水を生じている。金口訣において水は財の暗示があり、地分も別名副財爻というとおり財産の暗示がある。これは貿易摩擦といっても案外アメリカに分があり、またメリットもあるように思える。

 課式には壬と癸があり、三奇が成るには辛が欠けている。辛が回ってくるのは再来月辛酉。従って九月あたりに収拾の目途が立つかもしれない。あるいは連茹の通り癸亥月、十一月までもつれるか。

 卜占は無から有をひねり出すものではない。叩けばビスケットが増える魔法のポケットとは違う。好奇心という燃料を注ぎ込んで未来を映し出す装置のようなものだ。従って、興味関心のないことは絶対に占えない。ガソリンがなければ車は走らないのと同じことだ。それだけに、興味関心の薄いことを占わなければならないときには、それをかきたてるよう自分で仕向けていく必要がある。ただし、依頼によって占うときは別で、依頼者に強い関心があれば問題ない。それを拝借して卦や課式を作ることが出来る。不思議だが実際そうなる。

(卜筮正宗の著者である王洪緒は代理人を介しての依頼を嫌った。当然、代理人は依頼者ほど興味関心が強くないので、卦が立ちにくくなる。本人がじかに来て依頼するほうがよい。もっと言うなら、本人が硬貨を投げて卦を立てるのが更によい。その卦に日付を添えて代理人が持ってくるのであれば、これは問題ないだろう)

 さて、興味関心の内容を具体的に言葉にしたものが、占的である。これは周易の加藤大岳が作った言葉(概念)らしいが、今やあらゆる卜占で用いられている。ここから、どれだけ決定的な考え方であるかが分かる。しかし、占的はただ立てればよいというものではない。興味関心の裏付けがなければならないし、率直な興味関心と一致しているか、少なくともごく近いものでなければならない。占的の立て方、設定の仕方には押さえるべき要点がある。

 断易や周易で卦を解釈するときにも、形式的な占的と、実質上の占的の微妙な違いを踏まえないと、正しい卦の読み方が見えてこない、形式の罠に陥ってしまうことがある。たとえば、ある会社の株価が上がるかどうかを占うとする。形式上の占的は株価の騰落それ自体だが、実際には会社が不祥事や経営上の失敗をやらかして問題を抱えており、それが心配で卦を立てるに至った場合、卦はかならず会社の経営についても答えてくる。だからこのことを考慮に入れずバカ正直に株価だけ読み取ろうとしていると、却って卦が読めなくなる場合がある。(実際のところ、卦の側からすれば答え方は無数にあり、こちら側から、どういう角度から答えようとしているか、どの切り口を取ったかを察してやらなければならない)。ときにはこのへんのギャップによって用神が変わることさえある。株価は妻財で見る。会社の状態は父母で見る。そういう機微を踏まえないとどちらを取るべきかが分からない。つまり、占的は形式より実質のほうが重要なのだ。従って、占的はただシンプルに纏めればいいというものではなく、興味関心をよく反映するものでなければならない。こういう事情を無視して無理やりまとめると間違いのもとになる。

 そういう意味において、占的という言葉は実に紛らわしいものである。判断を容易にするために気を利かせれば利かせるほど、実際の好奇心のあり方とズレやすくなり、そこに誤占の芽が生じる訳である。

 共時性(の傾向、癖)には慣性が働くので、卜占をとっかえひっかえするのは機を取るうえで不都合かもしれない、という話をした。この考えに基づいて、普段使いする卜占を断易と金口訣の二つに絞って様子を見ているが、はっきり言って経過は上々である。卦・課式はよく立つようになったし勘も以前より冴えるようになったし占術そのものに対する理解も進んだ。二つの占術でたいていの状況に対応できるので、周易が使えないということ以外、とくに不満はない。ただ、それでも切り替え時には若干の不安定さを感じなくもない。的中率を最優先に考えるなら、恐らく卜占は一種類に絞るのが最善だと思う。(ただし、いろいろな状況が想定できるし個人の力量差もあるので一般論で括るのは乱暴だろう。これは現在の自分に限っての話と取ってもらえれば)

 とりあえず、卜占の種類を絞るとどうなるか、絞らずとっかえひっかえするとどうなるか、ということはだいたい分かった。他方、周易占については、正直言っていくつか掘り下げたいことがある。ここで周易をスパっと断念するか、いったん断易と金口訣の二本立て体制を止めて周易の実験や鍛錬にかかるか、非常に悩ましいところだ。で、いろいろ考えたのだが、、もう少し周易をやり込めばレベルが上がりそうな予感がある。やれば、切りのいいところに達するかもしれない。少なくとも、いま周易をやめたら絶対に後悔が残る。

 そんな訳で、もう少し周易をやってみようと思う。

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 周易には卜としての側面と筮としての側面がある。端的に言ってしまうと、当てものの側面と神託の側面である。周易において卜の側面を軽視するのは絶対に間違いだと思うが、しかし、はっきり言って卜は他の占術で十分に代用が利く。周易ならではの長所は経文義理に基づく神託の側面であろうと思う。

 筮法は擲銭法を取り、経文義理に基づく硬派なスタイルでやっていこうと思っている。すなわち、正・中・応・乗・承を論じ、あるいは彖伝象伝、序卦伝雑卦伝などを自在に引くアレだ。先達たちを見ていても、こういう占法に落ち着く人は少なくないし、昔の偉い儒家学僧の易占はみなこれだ。この占法は占いには適さないという人もいるかもしれないが、自分はそうは思わない。これが恐らく、本来のザ・周易だろう。こまけえことはいいんだよ。とにかくこれをやるんだよ。

 といっても、自分は十翼著者の口を借りて八方に説教を振りまきたい訳ではないし、卜だろうが筮だろうが当たらなければ話にならないと思っているので、当然的中を追求していく。そういうスタイルに十分応えられるものであるような気がするんです、経文義理は。

 それに、まったく方術的でない硬派な周易で諸々の占いをビタっと当てられたら相当格好いいですからね。

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